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  • 2012.03.10 Saturday
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みつお

「私がうまれた時、お父さんは、ほんと、死んじゃう数秒前ってかんじだったらしいの。うん。そう、事故。馬鹿みたいよね。娘が生まれたその日にひき逃げされて。お母さん、何がなんだかわからなかったって言ってた。でも、お父さん、私が生まれるその時までは生きてたんだって。奇跡だってお医者さんは言ってたらしいんだけど。でも、お父さん、もう意識も朦朧とした状態で。看護婦さんが生まれましたよって伝えに来た時も、少しだけ笑うのが精一杯だったって・・・看護婦さんが特別にって私をお父さんのところまで連れていったんだけど、手を握ることもできなかったって。」
婚約者のみつこは、早口でそこまで一気にまくしたてた。珍しく、鼻息が荒い。線を引いたような二重の大きな瞳がくるくると僕を見つめている。
僕らは、来月結婚することを決めている。急な決定だったけど、僕の異動が決まった一週間前に、僕の方からプロポーズをした。今日はそのための戸籍抄本をとりに役場まで来たところだ。五月の日差しが、住民課の脇に大きく切り取られた窓からさんさんと差し込んでいる。平日の午後。係であるらしい中年の女性が戸籍抄本の写しを作成してくれている。
幸せだった。僕らは幸せだった。
彼女は、一息つくと、言葉を続ける。僕は黙って頷く。
 「・・・それで。その・・・私の事を・・男の子だと思いこんでて、名前を付けてくれたの・・・」
 面倒くさそうに、中年女性が出してきてくれた抄本には名前の欄に『中村みつお』とある。みつこではなくみつおだった。性別、男。
 「・・・・・・」
 「それからお父さん、すぐに死んじゃったの。だから、なんとなく、母さんも、この名前をさ、つけないわけにいかなくって・・・・うん。お父さん、男だって思いこんでたから・・遺言みたいなもんだって・・・だから・・その・・戸籍は・・・」
 そう言って、みつこは手を絡めてきた。抄本を封筒に入れ、持ってきたトートバッグに入れる。ごめんね。だまってて。そういう彼女の唇は細かく震えていた。その唇をずっと見てたから、いいよ、そう言うのに数秒かかってしまった。致命的なタイムロスだ。この数秒は1時間の遅刻よりも長い。でも・・・。
でも彼女は繋いだ手をぎゅっとさらに強く握った。だから僕も握り返した。
みつこではなく、みつおの手だと言われてみれば、その手は骨っぽい気がした。プラシーボ効果。あるいは錯覚。
 役場を出る。五月の緑色の風が、みつおの髪をふうわりと揺らした。車に乗り込む前に、ドアの影に隠れてみつおにキスをした。
それ以外になにができた?

見てない夢の話

改札を出たら、辺り一面、絵に描いたような荒野だった。

荒野って言っても具体的には絵でしかしらないから、絵に描いたような荒野以外はしらないんだけど。

そんなこと、ここではどうでもいい。

まあ、あえて具体的に言うならあれだ。そう。鳥取砂丘。

あれは荒野じゃないよ、砂漠だよ。

どっちでもいいよ。

要は何にもないってことだよ。

改札の、向こう側は普通の駅。階段あがった先からは電車の音。がたんごとん。

改札出たら荒野。びゅーびゅー風が吹いてる荒野。

うーん。スペクタクル。言うてる場合か。

で、ワイシャツ姿のサラリーマン達は降りるなり、ぞろぞろぞろと何の疑問もなく、同じ方向に歩いていく。

なんだろうと思って、歩いていく先を見ると地平線。

そこに一本飛び出ている塔のようなもの。

ていうか塔。黒い一本の垂直に伸びた塔。

誰もがそれを目指しているらしい。

仕方なく近づく。流れには逆らえないだろ?

まわりを見ると、どうやら人の流れは、さっきまで自分のいた駅からだけではないらしい。サラリーマン達はあらゆる方向からやってきている。

そしてある一点。あの塔を目指している。

塔に近づいて足がすくんだ。

そこには色とりどりのサラリーマンがくんずほぐれずして群がっている。

押し合いへし合いっていうか。人の山。

サラリーマン達は押すだけじゃなく、のっかる。他人を踏み倒して先に進む。踏みつぶされた人が重なりあい、小高い山となる。

その上でサラリーマンはまた、さらにとっ組み合って、相手の頭に手をかけて、先に進む。

そうやってサラリーマン全体が動く山と化している。

山は中央にある塔を中心として大きく、ゆるやかに俺を見下ろす。

ああ、あれだ。あれ。子供のころよくやった棒倒し。

あの、崩す前の砂山そっくり。

まん中までたどり着いたサラリーマンはさらに塔をよじのぼる様子。ずるずるずるとよじ登る。

それにあわせて視線を上げていき、目をこらすと頂上には一人のサラリーマン。

サラリーマンは手を天高く突き上げている。

勝利のポーズか?

ここに至ってやっとそばのサラリーマンに尋ねた。

「あの人は何をしているのですか?」

「ああ、あそこしか、携帯の電波がこないんですよ。」

言われて自分の携帯を確認する。当然圏外。

ああ、なるほど。あのてっぺんで勝利のポーズを撮っているおっさんはメールを送っているのか。

勝利者しか打てないメール。あそこまでしてでも打ちたいメール。

あるある。

あの頂上でしか、電波は届かないなら、携帯を使うためにはあの塔を昇らなければならないな。

そりゃあ、サラリーマンも群がるね。得心。得心。

・・・・・・ってなんてこった。

オレは今日、1社から内定の通知をもらうはずなのに。電波が届かなかったら通知がこないじゃないか。将来がなくなるではないか。

なんてこった。こいつは困った。

オレもあの塔を必死になって昇らねばならないか。ならないな。ならないとも。・・・ならないのか?

思ってる間にも悩んでいる間にも後ろのサラリーマンはアグレッシブに攻めてきて、オレの肩に足をかける。

つぶされるオレ。

眼の前に広がる地獄絵図。その向こうにそびえたつバベルの塔。勝利者の、天高く突き上げる腕。山に飲み込まれていく俺。

そしてつぶやく。

「夢ならさっさと醒めてくれ。」

図書館心中

死ぬなら図書館がいいなどと世迷い言をはいてしまった。
八月の真夜中だ。色々な事がどうにも立ちゆかなくなった私たち夫婦の出した結論が心中で、子どもがいない事がその決定を現実にした。
そうなると、まず問題になるのが死に方だった。この時ほど、図書館司書という仕事に就いていてよかったなと思った事はなかった。一番いい心中方法を調べに行こうと孝夫が言ったので、自転車に二人乗りで職場に直行し、深夜の一時をまわっている図書館の扉を鍵であけた。素晴らしきは職員特権。
明かりを点けるわけにはいかないので、中は暗いままだった。それでも、常時接続のパソコンの光や、非常灯のおかげですぐに目は慣れた。。
入るなり孝夫はパソコンに座り、『心中』『仕方』というロマンスのかけらもない言葉で、検索をかけた。そのあんまりと言えばあんまりな図書館利用の仕方を眺めながら、わたしは、どうせ死ぬならここが一番いいのではないかと思ってしまい、冒頭の世迷い言に繋がるわけだ。
 なにせここには本がある。現実世界でどうにも居心地のよい生活のできなかった私たちにはぴったりだという気がした。今更死に場所などどうでもいいだろうと言えば本当にどうでもいいのだが、できれば自分らしく死んでみたい。
本を抜き取って出来た穴から、まだパソコンと格闘している孝夫を眺める。
今からこの男と一緒にあの世に旅立つのだという感慨もあってか、ずいぶんいとおしく思えた。先ほどまでの口論が嘘のようにおだやかな気持ちだ。思えば私は、孝夫と会話するよりも、孝夫の隣で本を読んでいる方が幸せだった。会話は決して弾まないが、横にいてくれると安心して本が読めた。その時間が一人で読んでいる時間よりも好きだったのだから、貴重な関係だったと言える。
 ここで死んだらどうかなと、さらりと本棚越しに声をかける。孝夫は振り返って、俺もそう思っていたとの返事。嘘をつけ。
真夏の夜の月の光が、大きめに開いた窓から差し込んでいる。昼間は朱色の夏目漱石全集の背表紙が、夜は薄紫色になる。
孝夫が私に近づいて来た。来る際に本を一冊抜き取ったのが見えた。家で読んでいる途中の推理小説。死ぬ前に、犯人だけは知っておきたいのだと言う。
 ページを繰りながら、酒はないかと孝夫が言うので、職員用の冷蔵庫から日本酒を持ってきた。冷蔵庫の肥やしになっていた館長の長崎土産だ。図書館で酒を飲む。こんな暴挙が許されるなんて、もう死んでもいい。
 二人で、館内の中央にある観葉植物のわきに座り、麦茶用のガラスコップに手酌でついだ。くぴりと一口飲む。ストレートの焼酎が、喉を心地よく焼き、わたしの心臓がとくんと跳ねた。目の前の本棚は『た行の小説』だった。高校の頃に読んだ太宰治はほとんど入っておらず、それが少々寂しい。
 孝夫とは今更話をするわけでもなかった。ただちびりちびりと酒を舐めた。
首を吊るとして、どこにヒモをかけたらよいだろう?首吊りは、明日の朝発見した人が可哀想ではないか?その棚に入っていた本だってかわいそうだ。なら手首を切るか?それだと本が汚れる。じゃあどうすれば・・・話題はいろいろと考えられたのに、結局わたしたちはただ、酒を飲んだ。孝夫の肴は読みかけの推理小説、わたしの肴は目の前の色とりどりの背表紙だ。『た行』の棚に飽きたら『さ行』に移動した。『さ行』に飽きたら、『か行』をたどった。世の中には、自分の読んでいない本がどれだけあることだろうと改めて驚く。
孝夫の横に戻って、そのうちの一冊の随筆を寝ころんで眺めた。このまま眠ったら幸せだなと思い、それから、そんな事したら明日大騒ぎたろうなと思う。いやいや、これから死ぬんだからと孝夫が笑う。その声で、自分が今、独り言を言った事に気付いた。二人で本を読んでいると、こういう事がよくあった。
ごろごろと本棚の間で寝転がる酔っぱらい二人。月の光で本を読むのは、目に悪そうだったけど、とても満ち足りた気持ちになった。 
 あ、と孝夫がふいに言った。焦点がうまくあわない目で、孝夫を眺めると、孝夫は読んでいる本を閉じ、うーんと唸っていた。推理小説には続きがあったらしい。真犯人は続編でわかるとのこと。真犯人という言葉が私にとってはどうでもよすぎるが、愛好家にとっては重大な問題なのだろう。
時計を見ると、既に3時をまわっていた。もう少ししたら、空が白くなってくる。酒に誘われた眠気が目の回りにまとわりついていた。と、ちゃっかり孝夫が続きを探してきた。見ると律儀に貸し出しカードに記入している。
いやいや、これから死ぬんだから、そう思ったら、孝夫がこの一冊分、心中は延期してくれと答えて、続きを読み始めた。なんだ、また私は口に出していたらしい。じゃあまた今度、ここで死のうねと、今度は意識してつぶやき、目を閉じた。くるりと孝夫のそばでまるまる。心中はしないんだし、明け方には孝夫が起こしてくれるだろう。古い本の黴びた匂いが、寝る間際に心地よい。

奇跡あるいは記憶の書き換えについて

だれだって、一生に一度くらいは奇跡を体験する。そしてたいていの場合それは幼少期に起こる。それが小沢草太の27才にして出した結論だった。
 草太の場合、奇跡が起こったのは小学校三年生の七月、明日から夏休みが始まるという、この世で一番幸せな金曜日の昼間だった。誰もが夏休み気分に浮かれて帰った小学校の校庭で、草太だけは母親がPTAの関係の用事だとかで、一人で残っていた。
 一人だからといって、決して寂しかったわけではない。むしろ草太の場合は友達とずっと一緒にいると、それはそれで特に理由もなく気が重たくなってしまうような子どもだったため、むしろ一人っきりの校庭と午後の時間を満喫していたと言える。だからだったのだろう。ふと、年上の従兄弟が言っていた、ブランコの技に挑戦してみようと思い立った。
 その年は例年以上に暑い夏だった。ブランコの鎖は熱を帯びており、持つのに苦労した。ぎゅっと握ってから、しばらく我慢をしなければならなかった。そうして、なんとかブランコに乗ると、立ち漕ぎで勢いをつけるべく膝を何度も何度も折り曲げた。ぐっと踏みこむ度に加速がついていく。突風が頬に心地よく、足下を見るとものすごいスピードで地面がスライドしていた。
 校庭の向こうには陽炎。ゆらりとゆれるサッカーゴール。その向こうにはジャングルジム。それを飛び越さんとばかりに屈伸を続け、体を上下に揺らした。
 従兄弟はその前の年、確かに言った。自分は勢いをつけて限界までブランコを漕いで、一回転までした事があると。ぐんと加速をつけた時、そのままするっと空に向かって自分は飛んでいったのだと。そしたらまるで逆上がりするみたいに景色がぐるんと廻り、ブランコを支える鉄柱を下に見下ろして、気がついたら元の場所に戻っていたのだと。ただ、それは正確に言うと、元の場所よりも数センチ高い位置だったのだと。何故かと言うと、ブランコが一回転して、鎖が鉄柱に巻き上がった状態になったかららしい。
 それを成し遂げた従兄弟は、それからは勇気ある者として、すっかり学校中の人気者になったと聞いた。
 草太は、特に学校の人気者になりたいわけではなかった。どちらかと言うと目立たず、平凡に卒業まで過ごしたいと思っていた。しかしそういった副次的な効果は別として、ブランコの一回転にはあこがれた。空をぐるんと廻してみたかった。
 ブランコの勢いは最高潮に達していた。下に目をやると、すごいスピードで大きく地面が揺れている。前後する体とブランコ。飛び去っていく景色。
後方に体が行った時はそのままとびあがるみたいにふわりと背中を丸め、膝から下をより後ろまで引っ張った。前方に体が行くときは出来るだけ背中をそり、足を上に上げる。自分がブランコと一つになったような気分で、最小限の動きで最大限に加速していった。
 足が頭よりも上に上がるようになり、草太の心臓もいよいよばくばく言っていた。ブランコが前に出るタイミングで、カウントダウンを始める。5,4,3,2,1・・・0で足をさらに上に突き上げた。逆上がりの要領でからだを上に投げ出す。次の瞬間、ふわりと空が揺れ、落ちていった。自分の頭上に地面が見えた。そして、ブランコの支柱を見下ろした。奇跡の瞬間。
その時の景色を草太は今でもはっきりと覚えている。まるでその時、心のシャッターを切ったように鮮明すぎるくらい鮮明にそれを覚えていた。初恋の女の子の顔や、初めてつきあった女の子の胸の形などをすっかり忘れてしまった27才の草太だが、その記憶だけは確かだった。
 だから、数年後、大学の講義でブランコで一回転する事は物理的に不可能だと聞いた時は、思わず声をあげてしまった。講義の後、教授にたてついてもみた。だが、結論は、どう考えても教授の方が正しいとしか言えなかった。なまじ成績が悪くはなかったのが災いした。教授にこんこんと丁寧に説明された結果、早々に草太自身が、それはあり得ないと納得してしまったのである。また、後年、従兄弟は嘘つきで、学校では虐められていた事も判明し、いよいよ草太は、あれは奇跡だったのだと納得するしかなくなった。
 勿論、その後、何度も挑戦はしてみた。しかし一度も成功しなかった。それどころか、どんな風に自分がそれを成し遂げたのか、皆目見当がつかなかった。そして、どうがんばってもブランコで一回転はできないと結論を出した。
今でも、たまに、落ち込んだりするとブランコに乗る。すると、あの時の記憶が鮮明に蘇る。その記憶は、何とも言えず草太を満たす。あんな事が物理的にはあり得ないとしった今だからこそ、あんな奇跡を味わえた自分は本当に幸せだと思う。そして、他の人達はそんな奇跡を忘れているだけなのではないかとちょっぴり思っていたりもする。するのだが、嘘つきに呼ばわりはされたくないので、最近は誰にも言っていないのだった。

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