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図書館心中

死ぬなら図書館がいいなどと世迷い言をはいてしまった。
八月の真夜中だ。色々な事がどうにも立ちゆかなくなった私たち夫婦の出した結論が心中で、子どもがいない事がその決定を現実にした。
そうなると、まず問題になるのが死に方だった。この時ほど、図書館司書という仕事に就いていてよかったなと思った事はなかった。一番いい心中方法を調べに行こうと孝夫が言ったので、自転車に二人乗りで職場に直行し、深夜の一時をまわっている図書館の扉を鍵であけた。素晴らしきは職員特権。
明かりを点けるわけにはいかないので、中は暗いままだった。それでも、常時接続のパソコンの光や、非常灯のおかげですぐに目は慣れた。。
入るなり孝夫はパソコンに座り、『心中』『仕方』というロマンスのかけらもない言葉で、検索をかけた。そのあんまりと言えばあんまりな図書館利用の仕方を眺めながら、わたしは、どうせ死ぬならここが一番いいのではないかと思ってしまい、冒頭の世迷い言に繋がるわけだ。
 なにせここには本がある。現実世界でどうにも居心地のよい生活のできなかった私たちにはぴったりだという気がした。今更死に場所などどうでもいいだろうと言えば本当にどうでもいいのだが、できれば自分らしく死んでみたい。
本を抜き取って出来た穴から、まだパソコンと格闘している孝夫を眺める。
今からこの男と一緒にあの世に旅立つのだという感慨もあってか、ずいぶんいとおしく思えた。先ほどまでの口論が嘘のようにおだやかな気持ちだ。思えば私は、孝夫と会話するよりも、孝夫の隣で本を読んでいる方が幸せだった。会話は決して弾まないが、横にいてくれると安心して本が読めた。その時間が一人で読んでいる時間よりも好きだったのだから、貴重な関係だったと言える。
 ここで死んだらどうかなと、さらりと本棚越しに声をかける。孝夫は振り返って、俺もそう思っていたとの返事。嘘をつけ。
真夏の夜の月の光が、大きめに開いた窓から差し込んでいる。昼間は朱色の夏目漱石全集の背表紙が、夜は薄紫色になる。
孝夫が私に近づいて来た。来る際に本を一冊抜き取ったのが見えた。家で読んでいる途中の推理小説。死ぬ前に、犯人だけは知っておきたいのだと言う。
 ページを繰りながら、酒はないかと孝夫が言うので、職員用の冷蔵庫から日本酒を持ってきた。冷蔵庫の肥やしになっていた館長の長崎土産だ。図書館で酒を飲む。こんな暴挙が許されるなんて、もう死んでもいい。
 二人で、館内の中央にある観葉植物のわきに座り、麦茶用のガラスコップに手酌でついだ。くぴりと一口飲む。ストレートの焼酎が、喉を心地よく焼き、わたしの心臓がとくんと跳ねた。目の前の本棚は『た行の小説』だった。高校の頃に読んだ太宰治はほとんど入っておらず、それが少々寂しい。
 孝夫とは今更話をするわけでもなかった。ただちびりちびりと酒を舐めた。
首を吊るとして、どこにヒモをかけたらよいだろう?首吊りは、明日の朝発見した人が可哀想ではないか?その棚に入っていた本だってかわいそうだ。なら手首を切るか?それだと本が汚れる。じゃあどうすれば・・・話題はいろいろと考えられたのに、結局わたしたちはただ、酒を飲んだ。孝夫の肴は読みかけの推理小説、わたしの肴は目の前の色とりどりの背表紙だ。『た行』の棚に飽きたら『さ行』に移動した。『さ行』に飽きたら、『か行』をたどった。世の中には、自分の読んでいない本がどれだけあることだろうと改めて驚く。
孝夫の横に戻って、そのうちの一冊の随筆を寝ころんで眺めた。このまま眠ったら幸せだなと思い、それから、そんな事したら明日大騒ぎたろうなと思う。いやいや、これから死ぬんだからと孝夫が笑う。その声で、自分が今、独り言を言った事に気付いた。二人で本を読んでいると、こういう事がよくあった。
ごろごろと本棚の間で寝転がる酔っぱらい二人。月の光で本を読むのは、目に悪そうだったけど、とても満ち足りた気持ちになった。 
 あ、と孝夫がふいに言った。焦点がうまくあわない目で、孝夫を眺めると、孝夫は読んでいる本を閉じ、うーんと唸っていた。推理小説には続きがあったらしい。真犯人は続編でわかるとのこと。真犯人という言葉が私にとってはどうでもよすぎるが、愛好家にとっては重大な問題なのだろう。
時計を見ると、既に3時をまわっていた。もう少ししたら、空が白くなってくる。酒に誘われた眠気が目の回りにまとわりついていた。と、ちゃっかり孝夫が続きを探してきた。見ると律儀に貸し出しカードに記入している。
いやいや、これから死ぬんだから、そう思ったら、孝夫がこの一冊分、心中は延期してくれと答えて、続きを読み始めた。なんだ、また私は口に出していたらしい。じゃあまた今度、ここで死のうねと、今度は意識してつぶやき、目を閉じた。くるりと孝夫のそばでまるまる。心中はしないんだし、明け方には孝夫が起こしてくれるだろう。古い本の黴びた匂いが、寝る間際に心地よい。

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